「平成レトロ」提唱者・山下メロが語る アノコロのスキーウエアと音楽とカルチャー

Chapter3

ファンシー絵みやげにみる「平成レトロ」なスキーヤーのマインド

聞き手:ミゾロギ・ダイスケ
(編集者/ライター)

今回の「ISHIUCHIMARUYAMA RETRO SNOW STYLE」でフォーカスする1990年代は、日本における平成前期と重なっている。そこで、「平成レトロ」を提唱者で、その時代のスキーのカルチャーにも詳しい“記憶の扉のドアボーイ”山下メロさんに、当時のスキーウエアを中心に“アノコロ”についてリマインドしてもらおう。最終回のChapter3では、山下さんが膨大にコレクションしている“平成レトロ”な「ファンシー絵みやげ」から、当時のスキー事情を探りたい。

かつて、「ファンシー絵みやげ」はどこのスキー場でも大量に販売されていましたよね。

ファンシーなおみやげの文化って、だいたい1979年から始まっていて、景気がよくなるにつれて、各観光地に土産店がどんどん出店されることで盛り上がっていくんですね。スキー場周辺も同様で、平成元年頃はホントにスゴい人気でした。もっとも、最初はファンシーといってもファミリー層狙いで、子供向けのかわいいものが多かったんです。そして、80年代後半になると大学生ぐらいの年齢層のスキーヤーが増えていくことで一部に変化が生じます。

どんな変化でしょうか?

おみやげがかわいいことは、その層にも受け入れらるんです。ところが、そこからスキー場特有の現象として、ファンシーでありながら、どう考えても子供向けではない傾向の商品が生まれてくるんですよ。


ファンシー系みやげを扱う店舗が激増していた80年代後期の石打丸山。すでにゲレンデの主役は若者になっている

え、それはどのようなものですか?


ヤングアダルト層狙いと思われる、スキー場特有のファンシー系みやげ。某スキー場のシグネチャー入りである
写真:山下メロ著『平成レトロの世界』(東京キララ社刊)より
たとえば、これなんですけど。よく見てください。「初めてのスキー場 エッチできるんだって」ってキツネのキャラクターが言っているんです。エッチ系に振っている。まさに、当時のスキー場だけにみられたタイプのグッズです。

80年代後期から90年代にかけてのスキー場は、若年層にとって出会いや恋愛と直結した場所だったことがわかりますね。

フツーの観光地で、ここまでストレートな表現ほとんどないですから(笑)。

手書き風文字もその時代っぽいですね。それにしても、昔のスキーヤーが、スキー場のみやげとして、食べ物ではなくグッズが欲しかったのは何故だったんでしょうね?

「おみやげ」の語源は、伊勢神宮に行った人が持って帰ったお札を貼る板「宮笥(みやけ)」だとされます。つまり、そもそも、おみやげというのはグッズから始まったんです。当時は保存料もないし、移動日数もかかるので食品は持ち帰れないですしね。

江戸時代までさかのぼりますか。当時、伊勢参りというのは、庶民にとって一生に一度の大イベントだったといいますね。

そうですね。他方、昭和期に流行ったペナントというのは、もともとは山頂でしか売っていなかったんですよ。つまり、その山を制覇した証になったんですね。買って帰ることで自慢ができた。

その場所に行った証明であり、それを第三者にアピールするアイテムだという部分が、スキー場のおみやげにもつながっているということですね。

そういうことです。それを背景としつつ、個別のスキー場名や狭い範囲のエリア名が書かれてある点がスキー場みやげの大きな特徴だといえます。普通、京都のみやげなら「京都」、北海道なら「北海道」と書いてありますよね。ところがスキー場みやげは、「新潟」ではなく「石打」「苗場」「湯沢」となるわけです。


山下さんが集めた「石打」「ISHIUCHI」の文字が入った「平成レトロ」なファンシー絵みやげの数々

「石打」と書いたものは、石打丸山と、以前は他にもいくつかあった「石打」と名のついたスキー場の周辺でしか売れませんよね。

一般的に、一つの土産品につき1000個からでないと作れなかったりしたんですよ。 アイテムにもよるんですが。たとえば、北海道のある湖畔の観光地に土産店が三つあるとしましょう。そこでその湖の名前を入れたグッズを作っても1000個はさばけないんですよね。だから、「北海道」と大きな地名にするんです。その点で、スキー場では土産店や宿泊施設の売店などの販路だけで1000個が売れたんですよ。スキー場名がひとつのブランドになっていたからみんな欲しかったんですね。そのグッズを買えば、「石打で滑ってきた」と自慢できた。

有名なのは、グラフィックデザインの第一人者だった亀倉雄策さんがデザインした安比高原の「APPI」というロゴですが、他にもプリンスホテル系のスキー場もフォントを統一してブランドイメージを高めていましたよね。みんな、そのロゴのステッカーをクルマに貼ったりしていました。


平成元年を迎えた'88/'89シーズンの石打丸山のポスター。まだウエアはサイケデリックではないが、「Ishiuchi」の文字が漢字の「石打丸山」より大きい
なんでも横文字にする文化はありましたよね。「安比」を「APPI」表示すると、ちょっとイメージが変わってくる。ファンシーだけじゃなくて、トレンディを狙ったグッズも出てきます。とにかく食べ物より雑貨が強かったんですね。賞味期限がないから店にとってもよかったのです。

80年代終わりから90年代にかけては、男女グループで滑りに行く文化も盛んで、みんなでワイワイと土産店に寄るという流れもありましたよね。

スキー場の近くの土産店は夜遅くまでやってるんですよね。ネオンがあって。そこでさっきのエッチ系みやげなんかを見つけて、その場で盛り上がれる。「こんなのある~」、「お前、買えよ」みたいな。今はリアルな交流が重視されなくなったので、あまりそういうノリはないですよね。それが悪いとは思いませんが、あってもいいと思うんですよね~。

テレビのトレンディドラマにしてもそうでしたが、どんなグループに属するか、そこでどう立ち回るかが重要だったのかもしれませんね。スキーウエアの話に戻ると、当時7~8万円も投資して最新ウエアを着ることは、グループ内でのマウンティングの手段にもなっていたんでしょうし。

それは間違いないですね。今、思い出したのですが、小学校のときにスキー合宿があったんですよ。その写真が卒アルに載っているんですけど、みんな、黒地に黄色と青のラインが入ったダッサいレンタルウエアなんです。ボウリング場のレンタルシューズは盗まれないようにワザとダサくしているといいますが、それと同じだったんじゃないですかね。でも、そのなかで、家が金持ちの友達は自前の最新ウエアを着ている。その差がスゴかった。スキーウエアにはそういう効果があるんだなと知りましたね。

小学生でさえそうなのですから、10代後半、20代になればそこはもっとシビアだったということですね。そんな時代のスキーウエアは今、静かに注目されていて、高円寺や下北沢あたりの古着店の店先でそれなりの扱いで販売されているようですね。

ちょっと前までは1000円とかで売っていたんです。それが、今だったら、ちゃんとしたアメリカンカジュアルの古着店で5000円、高いと8000円ぐらいの値段がついています。自分も「高いなあ」と思いながら買っています(笑)。でもね、名古屋の大須では10年ぐらい前から、そのぐらいの値段をつけていたんですよ。大須の古着店は進んでいたんですね。

今、そんな現象が起きているのは、何故なんでしょうか?

一周りしてその時代のものがダサいというのが抜けたんじゃないですかね。ちょっと前なら「なにコレ?」みたいな感覚でしたけど。時代が進んで価値観が転換したのかなと。4年ぐらい前に「お父さんのクローゼットにある服を着る」みたいなテレビの企画があったのですが、若い子がスキーウエアを着て、「これもアリじゃん」ってなっていましたし。


再評価されつつある「平成レトロ」なサイケ系スキーウエア。90年代になってからの数シーズンで爆発的な人気を呼んだ
写真:山下メロ著『平成レトロの世界』(東京キララ社刊)より

ノスタルジーの対象に留まらない魅力があるということですね。

サイケなスキーウエアなんてなんてホントに荒唐無稽なデザインだと思います。「何も考えてないだろ」みたいな。そのいい加減なノリこそがよかった。今なら炎上するかもしれないですけどね。

「● ● 社のスキーウエアが大惨事!『罰ゲーム専用か?』の声も」なんて書かれたりして。

でも、そうじゃない時代は好き放題表現できた。SNSのない自由さですよ。僕はそれを言いまくっているんです。悪い部分もあるけど、炎上しない時代だったんだよって。それもいいよねって。

山下さんも参加する「ISHIUCHIMARUYAMA RETRO SNOW STYLE」は、90年代 を、平成初期を知らない人でも、そんな時代の楽しさ体感できるイベントになりそうですね。

そうなるといいですね。

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山下メロ(やました・めろ)

記憶の扉のドアボーイ。平成が終わる前から「平成レトロ」を提唱。平成初期~前半を中心としたバブル~1990年代特有の文化の保護を訴える。情報やアイテムの保護活動・発信を続ける。また、1980年代~バブル時代に日本中の観光地の土産店や施設の売店で販売されていた子ども向け雑貨みやげ「ファンシー絵みやげ」についても研究。日本全国で保護活動を行い、これまで調査した土産店は約6000店、保護した個体は22000種におよぶ。そのフィールドワークにおける出来事や成果を各メディアで発信している。著書に『平成レトロの世界山下 メロ・コレクション』(東京キララ社)、『ファンシー絵みやげ大百科失われたバブル時代の観光地みやげ』(イースト・プレス刊)がある。

ミゾロギ・ダイスケ

ライター・編集者・昭和文化研究家。スキー専門誌『ブラボースキー』(双葉社)の編集を手掛けつつ、レトロネタに詳しいライターとして各方面で暗躍中。2022年には『JRSKISKI30thAnniversaryCOLLECTIONデラックスエディション』(avex)に封入のブックレットの構成と執筆を担当。Webメディアでスキーと周辺カルチャーについての原稿を書くことも度々ある。ライターとして参加した『80年代アイドル総選挙!ザ・ベスト100』(ヘリテージ)は2023年3月発売。